読書記録

本の感想や書評、粗筋、引用などの読書記録。1980年生まれ。

『無菌室ふたりぽっち』

 

【新版】無菌室ふたりぽっち

【新版】無菌室ふたりぽっち

 

本書を久しぶりに再読してみた。いい本は2度読むのがいいと信じている。2度目は瑣末なことを無視し、感動するためだけに読むので1度目よりも感動できる気がするのだ。

本書は、白血病になってしまった著者と同じく白血病となったカメラマンの二人の闘病記だ。二人は部署が違うとはいえ、偶然にも同じ会社にいて同じタイミングで発症していたのである。著者は当時37歳の記者で、そのカメラマンは著者より10歳年下であった。

著者が本書を書いたのは、同じく白血病と戦う仲間やその家族を励ますためである。そしてもう一つが、夢途中で破れたカンボジアを深く愛したカメラマンがいたことを知ってもらうためである。そのことを記す「はじめに」の文章が素晴らしい。全文を引用したいくらいだが、長くなるので一部を引用。

石に躓いて膝小僧に怪我を負うように、人は誰でも白血病になってしまうことがあります。それは単に確率の問題なんだけれども、どちらもこの世界では必ず起きてしまうことなのです。

僕とエンドーくんはそんな「最悪のはずれ」を引いて、白血病になってしまいました。

悲しい話です。どうしようもなく悲しい話。それがこれから僕が書く闘病記です。でもですね、悲しい話なんて世の中にはあふれています。僕たちだけが不幸だなんて思っていません。ただ、少しでも知ってもらえればと思うのです。こういう病気に苦しんで、無念の思いを抱いたまま逝った青年がいたことを。そして、この本を読んで、エンドーくんに少しでも興味を持ってもらえたら、ぜひ彼の写真を見てください。彼がファインダーからのぞいた景色を一緒に見つめてください。それがこの本を書いた僕の願いであり喜びです。

闘病の様子は読んでいても切なくなるけれど、それでも著者はこういう。

僕が僕とエンドーくんの物語を書こうと思ったのは確かに運は悪かったかもしれないけれど、みんなが思っているよりは悪くない人生を伝えるためだ。だって、それは本当に素晴らしい日々だったのだから。

著者の病気は抗がん剤の治療により一旦は治ったように見えたものの、白血病は再発してしまう。白血病には完治という概念はなく、治療終了後5年が経過すると治癒したと見なされるに過ぎないのである。ここで著者は一度あきらめる。

ここまでかなと思った。
それでも、いいかな。
僕はここで一度、生きることをあきらめた。

そしてここから著者と弟の物語が始まる。本書の前半が著者とエンドー君の物語ならば、後半は著者と弟の物語である。書名の「ふたりぽっち」にはいくつかの意味が込められていて、この他にもふたりぽっちのシーンがある。一体この「ふたり」はどこにかかっているのだろうと混乱してくるほどだ。

そんな心配をかけた多くの人たちには申し訳ないが、でも僕はこのとき思ったのだ。この病気は、僕と弟の物語だったのではないかと。

弟の骨髄での移植が決まり、著者が笑いなくシーンも印象的。

僕は弟の命をわけてもらう。あれほど弱々しく、心配だった弟の命が、僕を助けてくれる。

高橋先生がやってきて、弟の骨髄で移植すると告げられた夜、僕は笑った。大きな声でわんわんわんわん笑った。笑っても笑っても涙が止まらなかった。

最初に読んだとき、この二人の兄弟愛のシーンが最も印象に残ったことを覚えている。クールな弟の姿がいいのだ。二人は決して仲のいい兄弟ではないのだけれど、それでも弟は影で兄のことを深く心配していたのである。

引用が多くなってしまったけれど、本書を素晴らしくしているのは内容もさることながら、著者の文体であると思う。