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本読みのはしくれ

本の感想や書評、本の案内ブログです。このブログは1980年生まれの男によって書かれています(受動態)。

『文章読本』谷崎潤一郎

人文・思想の本

 

文章読本 (中公文庫)

文章読本 (中公文庫)

 

本書は、文豪谷崎が文章というものを解説したもの。文豪に言われたら、「そうですね。まったくです。そんなところにまで気を配りますか」などと言って、ひたすら太鼓を叩き続ける感じであるが、言っていることは納得できるものばかり。

文章の書き方にとどまらず、どういった種類の文章があるのか、昔の日本語はどうであったのか、英語との違い、などの説明が兵庫体で書かれている。兵庫体とは、「である」「であった」の代わりに、「であります」「でありました」を使う文体のこと。この文体は、講義体よりも優しさや親しみがあるそうだ。講義体は、僕が今書いているような文体のことである。

そして、さっそくその兵庫体の文を引用。

文章のコツ、即ち人に「分からせる」ように書く秘訣は、言葉や文字で表現できることと出来ないこととの限界を知り、その限界内に留まることが第一でありまして、古の名文家と云われるひとは皆その心得を持っていました。

表現には限界があるということだが、このことは本書で何度か繰り返されている。どうせ完全には表現できないのだから、曖昧な表現を使い、あとは読者にまかせるのがいいと言う。文章を書くのが楽になりそうだ。いずれ、白紙のエントリーでも出してみるか。

ではどうすれば名文家になれるのかというと、古典に帰ることを勧めている。古典を読むことで、分かりやすい日本語が書けるようになるという。

さらに引用。

文章の第一の条件は「分からせる」ように書くことでありますが、第二の条件は「長く記憶させる」ように書くことでありまして、口でしゃべる言葉との違いは、主として後者にあるのでありますから、役目としては或いはこの方が大切かもしれません。

そして長く記憶させるためには、字面が大事だという。目に訴えて記憶してもらうのだ。文章のルックスを気にするとはさすがである。また、耳にも訴える必要があるといい、ここでもまた古典を音読することを勧めている。音読をしてすっと理解できない文は悪文であるとは、よく聞く話。無駄に難しい漢字を使う必要はないのである。

あの「春琴抄」のような名作が生まれたのも、古典を音読したおかげかもしれない。「春琴抄」は朗読で聞くと、本当にリズムがいい。このリズムも文章を書く上で重要であり、これにはセンスが問われるようだ。 

春琴抄 [新潮CD]

春琴抄 [新潮CD]

 

これが、あの名朗読のCD。すごいリズムで朗読されている。朗読者のおかげもあろうが、それにしてもすごい。小説で読んだときに、リズムの良さを感じなかったのが不思議である。

細雪 (中公文庫)細雪 (中公文庫)
著者:谷崎 潤一郎
販売元:中央公論新社
(1983-01-10)
販売元:Amazon.co.jp

こちらも名作。また読みたい。