読書記録

本の感想や書評、粗筋、引用などの読書記録。1980年生まれ。

『子供の死を祈る親たち』

 

子供の死を祈る親たち (新潮文庫)

子供の死を祈る親たち (新潮文庫)

 

本書は、衝撃的な前作『「子供を殺してください」という親たち』の続編と言える内容です。この過激な書名は、子供があまりにも手に負えなくなってしまったために、それならばいっそう死んでもらいたいという親の気持ちを表しています。

著者は「精神障害者移送サービス」の窓口を生業としています。困った子供を抱える家族からの依頼を受け、その子供を病院へと送るサポートです。その時の様子がいくつかの家族においてドキュメントとして語られているのですが、それは決して映像では見たくないものです。そもそも映像で流せるものではないので、その心配は杞憂になりますが。

ある引きこもりの男性は3年も風呂に入っていません。15年も引きこもっている内に症状は悪化して行き、トイレにも行けなくなっているのです。排泄は部屋で行っています。その男性を移送のために著者が訪問し、部屋に入ると、その男はまさにお尻を出して部屋で排泄をしようとするところでした。

「部屋でウンコなんかしたら、ダメだろ!」

「あ・・・・・・、はい・・・・・・」

「ウンコはトイレでするものだ、行くぞ」

とまさかの展開です。本書で引きこもる人の中には、部屋で排泄してしまう人が他にもいました。

著者がある家庭を訪れると、和室にはバケツが3つ並んでいるのですが、それは雨漏りのためではなく、2階にいる息子のおしっこが漏れてくるから置いてあるのです。この息子、55歳です。

こうしたケースをいくつも紹介しながら、行政の取り組みの不十分さを指摘し、我々は誰もがいつかは障害者になる可能性があるのだから、一人一人が考えなくてはいけない問題だと指摘します。

こうした家族での間における殺人の割合は増加しているのですが、その加害者には減刑される場合が多く、司法が殺人を助長していると著者は批判します。

しかし、大本の問題はこうしたひきこもりを生み出してしまうことにあります。本書では、それぞれの家庭の歩みを振り返りながら、引きこもりの経緯を振り返っていて、親として、してはいけない振る舞いが浮かび上がって見えました。

個人を尊重する時代なのに、こうした親は子供を尊重していないのです。そういう家庭において子供は、自尊心を失っていくように思いました。一方、行政の側は個人の自由を重んじ、そうした引きこもりを自己責任として片付けようとしているようです。 自由と自由が衝突してしまうのが、自由を重んじる時代に生じる難しい問題です。

こちらが前著。

「子供を殺してください」という親たち (新潮文庫)

「子供を殺してください」という親たち (新潮文庫)