読書記録(書評・感想)ブログ

本の感想や書評、粗筋、引用などの読書記録。1980年生まれ。

『英語達人列伝 あっぱれ、日本人の英語』

 

英語達人列伝―あっぱれ、日本人の英語 (中公新書)

英語達人列伝―あっぱれ、日本人の英語 (中公新書)

 

本書では、日本の英語の達人達を紹介している。全部で10人が紹介されていて、それぞれの生い立ちや英語を学ぶきっかけ、またその英語力がどの程度であったのかなどが書かれている。その10人は、新渡戸稲造、岡倉天心、齋藤秀三郎、鈴木大拙、幣原喜重郎、野口秀夫、斉藤博、岩崎民兵、西脇順三郎、白州次郎である。

どうせ彼らは才能があったのだろうと思っていたら、本当にその通りだった。新渡戸稲造については、「つまり彼の語学力は、ありきたりな言い方だが、天賦の才によるところが大きいのであり・・・」と見も蓋もない。もちろん、英語をたくさん読むという努力もしているのだが、最後にはやはり才能という結論に行き着いている。

しかし、本書に出てくる誰もが凄まじい努力をしているのも事実だ。齋藤秀三郎は図書館にあった本を読みつくし、そのうえ『大英百科事典』を2度も読んだという。また西脇は、辞書を通読する習慣があったという。そんな西脇についたあだ名は、「英語屋」である。さらに「屋」がとれて「英語」というあだ名であったという説まである。もはや、英語と同化している。
 
英語の偉人達を紹介しながらも、英語教師である著者は、随所に自身の英語に関する見解を差し挟む。日本の英語教育について言及したり、英語を学ぶ人へのアドバイスもある。そのアドバイスを一つ引用すると、
英文の調子がわかれば、英語学習の一つの峠はこしたと言っていい。ただし、この「調子」というものは一朝一夕に会得できるものではなく、いい英語(これはかならずしも標準英語や英米の英語という意味ではない)だけを徹底的に読んだり聞いたりして、体で覚えるものである。
 英語を上達したかったら、まずは読めということだ。斉藤も新渡戸も勉強時間のほとんどを読むことに費やしている。それほどに、語学を学ぶうえで読むことは大事なのである。
 
今の英語教育で足りないのは、この読ませる量なのではないだろうか。ならば読む時間を増やせばいいのだが、学校の授業数には限界がある。だとしたら、学校の授業で英語を上達させるというのは不可能なミッションなのかもしれない